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2023.08.08

構造素子に、ついて

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黒い人 デザイナー / 黒い人

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【あらすじ】


エドガー・ロパティンの父ダニエルは、H・G・ウェルズやジュール・ヴェルヌに私淑する売れないSF作家だった。彼の死後、母ラブレスから渡された未完の草稿のタイトルは、『エドガー曰く、世界は』。その物語内で、人工意識の研究者だったダニエルとラブレスは、子をもうけることなく、代わりにオートリックス・ポイント・システムと呼ばれる人工意識、エドガー001を構築した。自己増殖するエドガー001は新たな物語を生み出し、草稿を読み進めるエドガーもまた、父ダニエルとの思い出をそこに重ね書きしていく――。SF作家になりきれなかった男の未完の草稿にして、現代SF100年の類い稀なる総括。


【内容】


売れないSF作家だった父が残した草稿を息子が読んでいる…という体裁の小説である。


その草稿を読むというのが、本書の8割を占めている。


ここで軽くネタバレになるのだけども、その草稿には生まれてこなかった命についての記述がある。そして亡くなってしまった父の人生がある。


その草稿を通して息子は対話をしていく。死んでしまった父と、生まれてこなかった兄と。


対話といっても霊的なことではない。


全ては物語の中で行われる。


物語がそうさせる。


 


草稿にはさまざまなものが引用されている。SF小説哲学書宇宙戦争のラジオドラマ、ミュージシャンのワン・オートリックス・ポイント・ネヴァーのインタビュー。


それらが浮かび上がらせるものは何か?


世界そのものであって、そして物語を語るということではないか?


とここまで書いていて、両目洞窟人間はかなり動揺をし始めている。言い切る…ということがかなり危険な行為であることを知っているからだ。言い切ってはいけない。本はそもそも読めるものではない。誤読の先にしか物事を考えることはできない。


だから、言い切ることはやめよう。


この本で書かれた世界はなんであったかをまずは整理しよう。


雪の日の思い出が語られる。


雪の日に、橇(そり)を持って丘を登り、そして下っていく。瞬間は永遠になる。


降る雪の結晶は一つ一つが異なる結晶を持つ。


その結晶を眺めることは異なる宇宙と世界を見つめることになる。


亡くなった父ダニエル・ロパティンは本を通して、宇宙を見てきたと語る。エドガー・アラン・ポーH・G・ウェルズジェイムズ・ティプトリー・ジュニア


息子のエドガー・ロパティンは父から勧められた本を読むことはあまりなかった。父から勧められた本で繰り返し読んだものはデカルトの『方法序説』だったと語る。


父はSF作家としては売れなかった。時代遅れの作品を書き、それは誰にも読まれなかった。


父は作家を辞め、小さな新聞社の記者になった。


その父が死ぬ前まで書いていた草稿。『エドガー曰く、世界は』。


タイトルから分かるように世界を書こうとした物語だ。


物語はあったかもしれない人生を書く。


あったかもしれない人類史と二人の生活を書く。


それは滅亡する。第一回目の人類。


第ニ回目の人類は自らで物語を語り、生み出していく。そうすることが人類であるかのように。


しかしその第ニ回目の人類は、異なる物語を語り始める人物の登場により、滅亡にいたる。


そして滅亡した先に、草稿は終わる。


 


草稿は終わらないことで、無限の可能性を見せる。


それでも続きを書く。エドガー・ロパティンは書こうとする。


その中に、亡くなった兄を見る、亡くなった父を見る。


父がなにを書こうとしていたかを明らかにするために、父が読んでいた物語を読む。


父と息子の対話が始まる。物語を通して、物語を書くことによって。


生まれることは死を意識することである。


生まれた瞬間から世界の終焉は定められている。


世界の終焉を迎えた者の声を聞くこと、それが物語を書くことなのだ。


息子は書き始める。物語の続きを書き始める。


物語の声を聴いて、兄の、父の、幽霊達の声を聴いて物語の続きを書く。


物語を書くことは世界の終焉と対決することなのだと思う。


世界の終焉とは大きな世界の終焉ではなく、一人一人の人間が迎える人生の終わりであり、その人が迎える人生の終わりこそ、世界の終焉である。


その一人一人が迎える世界の終焉に対して、周りの人間ができることは喪に服すことである。


喪に服す。それは彼らの人生を語り直すこと。言葉によって語り直すことだ。


その一方で発声での語りというのは、残っていかない。


だからこそ記述が必要なのだ。


世界は終わってしまった。ならば、その世界を語り直すことが必要なのだ。


物語は残っていく。物語は何度も語り直される。物語は何度も生まれ変わる。


人は死ぬ。いつか死ぬ。絶対に死ぬ。世界は終わる。世界の終焉を迎える。


だから、物語は語られなきゃいけない。死ぬからこそその、幽霊達の声に耳を傾けなければいけない。


物語を語るということは世界をもう一度捉えるということだ。目の前の世界をもう一度捉えることだ。


それは一つ一つが異なる雪の結晶を見つめることだ。


それは雪の日の思い出を何度も反芻することだ。


それは生まれなかった兄に思いをはせることだ。


それは父が残した草稿に耳を傾けて、遅すぎた対話をすることだ。


 


書くということ、失敗に失敗を重ねることだ。冗長な表現を生み出すことだ。回収できなかった伏線を残すことだ。陳腐な表現を使うことだ。破綻した物語を語ることだ。


それでも、それでも物語は語られなきゃいけない。


物語は語られるべきなのだ。


世界を捉え直すために。


生きなかった方の人生へ思いをはせるために。


生まれなかった者の声を聞くために。


死んでいったものの想いを知るために。


一つ一つ異なる完璧な結晶を見るために。


そして宇宙を見るために。


 


おすすめです。

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